息子の受験でわたしが手放したもの

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コロナ禍の受験生
小6の息子は、今年、中学受験を経験しました。
昨年からコロナの影響で学校や塾が休校になったり、学芸会、運動会、文化祭、修学旅行など、楽しみにしていた小学校生活最後の行事もなくなり、異例づくめの一年を過ごしてきました。
そんな中、先日、元気に中学受験を終えることができました。
今回は、息子の受験を通じて私が手放したものについてお話しします。
受験まであと〇〇日
2月の受験日が近づくについれて、私の不安はどんどん膨らんでいきました。
心の中では「あと2ヶ月しかない」と思いつつ、言葉だけは「まだ2カ月もある」とポジティブに変えて言い聞かせてみたりもしました。
しかし小手先だけ変えても、息子が希望の学校に合格できなかったらという不安は募るばかりでした。
口先では「公立でも私立でも〇〇くんにぴったりの中学に行くことになるよ」と寛大な母親のふりをしながら、正直、逃げられるものなら逃げ出したいと思っていました。
なぜ私は、そんなにも息子の受験を恐れていたのでしょうか。
それは自分が第一志望の中学校に不合格になった日のことが思い出されるからです。
合格発表の日の夜、眠っている私の横で父が「ごめんね」と謝っていたことが今でも鮮明に思い出されます。
私の受験した中学は、いわゆる”お嬢様”学校でした。
当時、母は入退院を繰り返していたため、家のこと、私の勉強のこと、全てを父が一手に引き受け、受験の両親面接も父が一人で行きました。
父は、”お嬢様”学校の面接では、父親以上に母親がどのような人でどのように娘を育てているのかを見られると考えていました。
父一人では十分にそれを伝えられず私は不合格になったのかもしれない、という思いが謝罪の言葉に繋がっていたようです。
私自身は、自分の勉強への真剣さが足りずにこの結果に至ったことはわかっていたのですが、父に先に謝られてしまい、その思いを口にすることさえできませんでした。
それよりも大好きな父に「ごめんね」と言わせてしまった自分には価値がないと感じたのです。
そして、もう二度と父に「ごめんね」と言わせてはいけないと強く心に決めました。
心の傷と虚栄心
自分の中学受験での心の傷(インナーチャイルド)を子供に投影していたことが、息子の受験をそれ程までに恐れていた理由の一つです。
父は、受験の結果にかかわらず、私という存在を認め愛してくれました。
しかし私は、自分の力不足で大好きな父を失望させてしまったことを心底悔やみ、自己肯定感を下げてしまいました。
公立中学に進学した私は、高校受験では絶対に失敗したくないと、必死で勉強をしました。
努力の甲斐もあり、希望の高校、大学に入学することができ、私は父の”自慢の娘”になることで、自分の価値を再認識し自分を満たしてきたつもりでした。
しかし当時の感情を解消しきれていないため、もしも息子が希望する中学に行けなかったら、私のように不安に掻き立てられてがむしゃらに頑張る人生を送ることになるのではないかという不安を呼び起こしました。
私は、自分の中学受験にまつわる悔しさ、悲しさ、辛さなどを感じるワークを続けましたが、それでもまだモヤモヤした不安は消え去りませんでした。
さらに深く自分の心を覗いてみると、「虚栄心」というもう一つの理由が見えてきました。
息子の通う私立小学校は、全員が受験して外部の私立中学に進学します。
なので、先輩ママに近所でばったり会った時に公立中学に進学しましたと答えることになるかもしれない時が恥ずかしかったのです。
またお正月に親戚に息子の進学先を聞かれ、期待される答えができないかもしれないことも怖れました。
親戚たちからはよく「優等生の優香ちゃんの息子さんは優秀に決まっている」と言われ続けていたからです。
いづれの感情も、私の虚栄心から出てくるものなのです。
学歴主義
中学受験という特殊な世界の中で、まずは私自身がもっと自由にならなければならないと思い、「学歴主義」を手放そうと考えました。
しかし、四十数年持ち続けてきた固定観念を手放すのは並大抵のことではありませんでした。
これまでそれを信じてがんばってきた私の人生は何だったのかと全否定されるような怖れさえ感じました。
父から受け継ぎ、私が信じてきた価値観を手放すことへの怖れ、それしかないと信じて生きてきたことへの悔しさなどを感じました。
すると次第に価値観は緩み、自分の生きてきた世界はとても狭く、その周りには広い自由な世界があることに気づけるようになりました。
加えて取り扱ったのは、虚栄心です。
先輩ママや親戚に、息子の通う中学校名を答える時の恥ずかしさや悔しさを感じました。
感じれば感じるほど、私は自分の見栄のために、息子を偏差値の高い名の知れた中学に入れたがっているとわかりました。
しかし、その見栄は長いこと手放せなかったため、荒療治として、ホラーストーリーを想像してみました。
息子がこのまま無理な塾通いに疲弊しながら受験勉強を続けて、バーンアウトしてしまったら?
身体は生きているのに心は生きていない、そんな人生を息子に送らせたいのか?
もしそうなったら、あの時中学受験なんてやめさせれたよかったと後悔してもしきれないだろう。
その辛さ、悔しさ、悲しさを感じていると、私がしがみついていたものは何だったの?と気持ちが軽くなりました。
息子が生き生きと自分の足で人生を歩んでくれれば何もいらない!!
自分の学歴もキャリアも収入も何もかも手放しても惜しくない、そう思えました。
息子との距離感
感情を取り扱っていくと、息子との距離もとれるようになり、息子は自分とは別個の存在であると実感できるようになってきました。
中学受験の経験でできた心の傷(インナーチャイルド)は私の問題なのに、それを息子に投影していたことにも気づきました。
12歳の息子は、誰かと自分を比較するでもなく、自分軸をもって、とても健全に自然体で生きています。
もしも中学受験で思うような結果がでなかったとしても、彼は彼なりにその経験を糧にしていく力があるのです。
また、私は他人軸に縛られていたことにも気づきました。
先輩ママの目、親戚の目、世間の目を気にするのではなく、自分軸で生きようと改めて決意しました。
お陰で、自分軸を築きつつある息子に、私の価値観という余計な他人軸を背負わせずにすみそうです。
息子の力
息子と私は別の存在であるという実感がさらに強まり、自らの人生を自分の足で力強く歩んでいこうとしている息子への信頼感も増しました。
今できることを精一杯やれば、どのような結果であれ、息子はきちんと受け入れていけるだろうと信じられるようになりました。
また、私が親から受け継ぎ、自分を縛ってきた学歴主義は、完全な他人軸で、自分らしい人生を生きるためには全く必要がないと思えるようになりました。
息子にも私や世間の価値観に縛られた窮屈な世界ではなく、自分軸で自由に生きてほしいと心から願えるようになりました。
どっちを選ぶ?
受験の2ヶ月前に、息子と改めて受験についてじっくり話し合いました。
「君は、全員が中学受験をするという私立小学校のとても特殊な世界で生きてきた。
でも世間には受験をしないで公立中学に進学する子供たちもたくさんいる。
公立中学に行く場合は、近所の中学に行ってもいいし、特色のある中学に行きたければそこに引っ越してもよい。
選択肢はいくらでもある。
昔のお母さんには、中学は私立に行くという選択肢しかなかったが、今やっとその固定観念を手放せるようになって楽になれた。
君にも、いろいろな世界があることを知ってもらいたいし、恐れずに広い自由な世界に出ていってほしい。
中学受験はしてもしなくてもいいんだよ。」
感情カウンセラーとして息子の声に耳を傾けながら何日も話し合った結果、息子は「今までやってきたから中学受験はやりきる」と改めて自ら決めて挑戦することにしたのです。
私が手放したもの
息子の受験を通じて私が手放したものは、自分の中学受験での心の傷と学歴主義でした。
自分の心の傷を癒しきれていなかった私は、息子が似た状況に陥ったら同様に傷つくのではないかと心配になり、息子を狭い枠の中に閉じ込めようとしていました。
さらに学歴主義という思い鎖で息子を縛ろうとしていました。
息子自身も、未知の世界に飛び込むよりも、最も身近な存在である親の固定観念の中で生きる方が楽なので、それに甘んじようとしていました。
私が感情カウンセラーになってよかったのは、自分に蓄積された感情を解消できる術を手に入れたことと、自分の「べき」論は一旦横において子供の話に耳を傾け、主体的な選択をサポートできるようになったことです。
これから受験を迎えるママたちは、いろいろな悩みをお持ちかと思います。
人生の一大イベントである「受験」を新たな自分軸でとらえなおして、あなたにとってもお子さんにとってもいい学びの機会にしてみませんか。

ビジネスコンサルタントとして仕事をする傍ら、社内外での人間関係、夫や子供との関係をもっと円滑にしたいと感情カウンセリングを学ぶ。その中で、自分が不安ベースで生きてきたことに気づき、これまで見ないできた感情を感じるようになると仕事&家族関係も好転し、がんばらなくても生きやすくなったという実感を持つ。
現在は、感情カウンセリングを提供すると共に、職場のワーキングファミリーコミュニティで「子育てにおける感情の取扱説明書」セミナーを継続開催するなど、感情カウンセリングの良さを伝えることも積極的に行っている。