完璧主義のプロジェクトリーダーからの指摘で凹んだ時の対処法
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トラブルプロジェクトで完璧主義のプロジェクトリーダーから細かい指摘を受ける
ソフトウェア開発業界でシステムエンジニアをしていると、様々な業種や業態のプロジェクトに携わることになります。
普段スーパーなどで目にする食品の製造業の生産管理システムや、誰でも行ったことがある大型店舗の小売販売業の販売管理、神社の宴会予約システムなんてのもありましたね。
エンジニアとしては、会社の業務で使うソフトをその会社のニーズにフィットするよう設計して、作り上げていくのが主な仕事です。
ただ、個人の経験からプロジェクトの規模が大きくなれば、スケジュール通りに進まないことも多いと感じます。
というか、スケジュール通りに進むほうが珍しいのかもしれません。(笑)
・顧客からの要件がなかなか決まらない。
・見逃していた要件や業務パターンがあった。
・新しい技術を使うため、不確定要素(リスク)が発生しやすい。
・適したメンバーが集まらない。
など、うまくいかない理由を挙げだしたらきりがありません。
そんな状況の中、追い打ちをかけるように、コロナの影響でリモートワークが増えて、今までの対面が当たり前の時よりもコミュニケーションの不備が起こりやすい状況になってきました。
メールで連絡したけど、相手が見落としていた。なんてこともよくある話だと思います。
1日にたくさんのメールが来ますからね。。自分に関係があるものから、共有程度のものまで様々です。
それを逐一見逃さずに、内容も理解するということ自体、無理があるもかもしれません。
そんなご時世の中、トラブルプロジェクトの助っ人として参画することになりました。
納期が短い割には作業過多というありがちな状況です。
緊急にプロジェクトへ参画してみると、「火が吹いている!」という言葉がぴったりな状況でした。(笑)
こうなると、人を増やして対応するしか選択肢がない状態です。
もっと早くアラートを挙げてほしい、、とよく思います。
このような状況ですので、プロジェクトのリーダーからの説明は、ささっと作業の内容をシェアする程度で終わりました。
後は設計作業をやりながら、キャッチアップしてくれ!という雰囲気でしたね。
これも、業界のあるあるでしょうか。
そんな訳で、資料の場所も運用ルールも情報ツールの使い方も分からず、全てにおいて調べて分からなければ聞いて理解していく感じでした。
でも、納期はどんどん迫ってきます。メールで情報もたくさんやってきます。
多少言い訳にはなりますが、結果、認識違いや作業不備が出やすい状況だったと思います。
そんな状況ですが担当のプロジェクトリーダーは結構、細かい完璧主義タイプで、小さな不備も突っ込んできます。
今そこを突っ込んで修正して、再レビューしていたら、どんどん納期に間に合わなくなるのですが、その人の性分なのでしょうね。
確かに、納期に間に合うのであれば、完璧なほうが望ましいので、資料の不備を指摘されてもなかなか言い返しにくいものです。
指摘も最初はさらっと流して対応していましたが、それが続くとだんだんと腹が立ってきました。
何度も細かな指摘をされて、怒りが頂点に達する!
タイトな納期のプロジェクトに緊急参戦したわたし。
資料の細かな不備も指摘してくる完璧主義のプロジェクトリーダー。
正直、「うざいぞこいつ!」と思っていました。
(あ、向こうも同じように思っているかもしれませんね。)
細かな資料の不備で、実際にはほぼ問題ない記載であっても、指摘されるとそれなりに傷つくものです。
しかも、相手の怒りの感情が乗っているメールが1日に何通も来ました。
さらに、「いついつのメールを見て修正してください。」という感じで、自分はちゃんと説明していると主張してきます。自分には非がないと証明したいのかもしれません。
自分の価値を証明したいということは、自分の心の中にも何か囚われや自己否定などがあるものです。
「まずは自分の心を修正しろよ!」と相手を責める発想が出るくらい、ムカついていました。
このままの状態で相手とコミュニケーションをすると、関係悪化は確実です。
自分の至らなさ、資料の記載不備が原因ではありますが、いつも完璧に仕事をこなせる人がいるとも思えません。
プロジェクトリーダーは以前からその仕事に携わっており、自分で取り決めたルールなので、そりゃ正確に知っているでしょう。
こっちは、助っ人としてトラブルプロジェクトに来ているので状況が違います。しかもタイトな納期。
この状況で完璧を求めるのも無理があると思いますが、それはプロジェクトリーダーのポリシーに反するのでしょう。
こっちとしては、お前のポリシーより納期に間に合わせるほうが優先だと感じていました。
お互いの価値観や考え方、ニーズが全く違っている感じでしたが、こんな状況も割とあることかもしれませんね。
頭ではそう理解もできるのですが、うざいプロジェクトリーダーに相手に腹が立つのも事実。
怒りは怒りとして、ちゃんと取り扱いたいものです。
できない自分を見たくない
自分の作業の不備を指摘されると腹が立つ。
一般的には当たり前のことかもしれませんが、個人的には、この時の怒りが強いと感じました。
より過剰に反応してしまい、ムカついてしまう感じです。
そういえば、学校でも宿題やドリルの採点をされて、間違いがあると「ダメだな、俺。」という自己否定を感じていたのを思い出しました。
「与えられたことをちゃんとできない自分」を見せつけられて傷つき、それを受け入れることができなかったのでしょう。
それが積み重なると、できる自分を求めるようになり、完璧主義になっていくのかもしれません。
今回のリーダーも同じかもしれないな。と思い、少しは許してやってもいいか、という気持ちになってきました。(笑)
また、学校の勉強では100点からの減算方式というのも、ミスや失敗を否定的に捉えてしまいやすい原因のように思います。
ダメだった箇所にフォーカスが当たりやすく、総合的な評価になりにくいと感じます。
それを小学校、中学校、高校と続けていったら、ミスや失敗への許容も薄くなっていきそうですね。
とはいえ、過去に戻ることはできないので、今からどう改善するのかが大事なのでしょう。
業務終了後に自宅で怒りを感じる
個人的には様々な気づきがあったのですが、プロジェクトリーダーの指摘は収束しそうにないので、業務終了後に出てきた怒りを感じていくことにしました。
まずは「資料のそんな細かい記載について、いちいちメールで突っ込むな!」という思いを感じていると、どんどんと怒りが大きくなっていきました。胸のあたりから激しいエネルギーが湧き上がってくる感じです。
よくアニメや漫画などで、怒りをマグマの噴火のように表現しますが、まさにそんな感じでした。(笑)
大人は世間体や理性があるので、実際に出てきている感情を感じないようにしてしまっているんだなと、改めて思いました。
波風を立てない言動は社会生活では重要ですが、自分の心には優しくないときもあります。
周りのために自分の感情を押し殺して仕事をすると、ストレスも溜まりやすいですし、人間関係も良くならないでしょうからね。
どんどんと溢れ出てくる怒りを丁寧にじっくりと感じていくと、胸のあたりが少し軽くなってきました。
今回の怒りのピークを終えたような感じです。
ただ、まだ怒りの感情は出てきているのでしぶとく胸のあたりの熱いものを感じていきました。
なかなか熱いものは減っていきませんでしたが15分ほど粘っていると、スッと怒りが抜けていった感じがしました。
その後、プロジェクトリーダーの指摘に腹が立ったことを思い返しても、ほとんど怒りは出てこない状況です。
いつも思いますが、感情って不思議ですね。
感情は感じないと溜まっていくけれど、ネガティブな感情は感じたくないのも正直なところです。
このジレンマを受け入れていくことが、感情とうまく付き合っていくコツだと感じます。
また、怒りを感じた後は、ピンクの玉のようなものが残っている感じがしました。
これは、感情のしこりみたいなものだと思っています。
今回は怒りを感じてへとへとだったので、また別の機会に解消することにして、プロジェクトリーダーへの怒りのクリアリングを終えました。
気づき
今回の怒りのクリアリングで、怒りという感情は自分の心にある何かに反応していると感じました。
小さな頃からのミスや失敗をした経験から「できない自分」を受け入れたくない思いが積み重なり、仕事で自分のやったことが指摘され、否定されたと感じると感情が反応して出てきたのだと思います。
わたしの場合は「怒り」でしたが、人によっては悲しみだったり、怖れだったり様々だと思います。
人それぞれの特性というか癖みたいなものがあるのでしょう。
過去の傷ついた経験を振り返ってみると、自分の感情の特性が分かってくるかもしれません。
今回の件で気づいたことは、「できない自分」をダメなこととしているのでしょう。
あまり自覚はなかったですが、心のどこかでは、完璧主義を求めているのかもしれません。
ミスや失敗がなければ、指摘されて傷つくこともありませんからね。
だから、完璧主義のプロジェクトリーダーが表れて、私の鑑として自分の心を見せてくれたようにも思います。
感情は誰にでも分かりやすいものなので、それを取っ掛かりにして「本当の自分の本音」に気づきやすいと感じます。
ネガティブな感情はあまり感じたくもないし、見たくもないものですが、今の自分の心を変えていくという点で役に立つ存在なのかもしれません。
「ミスする自分」を受け入れやすくなった。
感情(怒り)のクリアリングを終えて、心は落ち着きを取り戻しました。
プロジェクトリーダーに資料の不備を指摘されたことを思い返しても、ほぼ怒りが出ない状態です。
ちょっと抜け殻になった気分でもありますね。(笑)
なぜ、あんなに怒りが出たのかが分からない感覚です。
少しダメな自分を受け入れられたのかもしれません。
なんとなく、今の自分のままでも良いという感覚が高まった気がします。
ミスしようが失敗しようが、相手や環境の基準というだけで、本質的には良いも悪いもないのでしょう。
怒りを感じてクリアリングした翌日にまたプロジェクトリーダーから指摘のメールがきました。
また、わたしのうっかりミスがあったので、完璧な作業は苦手なのだとつくづく感じます。(笑)
その時は「これも自分の性格なので仕方ない。」と思い、「ミスする自分」を受け入れやすくなりました。
仕事なのである程度の精度は必要でしょうが、不得手なことで完璧を目指しても仕方ない感じがしてきました。
それ以外の自分の持ち味を生かして、これからの人生を生きていきたいですね。
まとめ
今回の感情の旅は、「完璧主義のプロジェクトリーダーの指摘で怒りが出る。」事象から「できない自分を受け入れられない。」気づきがありました。
いつも思いますが、感情は様々なことを教えてくれます。
怒りの感情が不快極まりないのでクリアリングするのは大変ですが、、
失敗やミスなどがあり、「できない自分」と向き合わされる事実は自分の価値がないように感じてしまいますが「そんな自分でも受け入れてほしい。」というのがわたしの本音でした。
プロジェクトリーダーからの指摘はそれに気づかせてくれているギフトなのかもしれません。
と、美しく語れることではないほどの「相手への激しい怒り!」ですが、少しでも自分が本音で素直に生きるために感情を見つめ、クリアリングしてこれらの経験を活かしていきたいと思います。
感情を感じて、自分の本音をきづくようになると感情に感謝できる日が来ますよ。(^^)/
誰しも大人になって働き始めると責任や義務など「やるべき事」に追われて、上司や顧客の評価を求めてしまいます。
これは生きていくために有効かもしれませんが、自分をすり減らすことにもなります。
だから「毎日がつまらない。辛い。」と感じるようになっていくのでしょう。
そんな時に大事だと考えているのが、
「今の自分を大切にする。」在り方です。
子供の頃は好きなことを中心に生きていたはずなのに、誰しも大人になるとそれができなくなってしまうものです。
その主な要因として、
・小さな頃にやりたいことをさせてもらえなかった。などの「満たされなかった欲求」
・自由に遊んでいたら「うるさい。」と親に叱られた。というような「傷ついた経験」
などの「インナーチャイルド」が影響していると考えます。
子供の頃から自由に振る舞うことは、わがままや自分勝手で「ダメな事」として成長するのが一般的であるため、「素直な自分の感情や感覚を無意識に抑えてしまう。」のでしょう。
「辛くても、楽しくても、人生は一度きりのもの。」
周りの目や評価を気にしすぎないで、今から「自分らしく人生を楽しむメンタリティ」を一歩ずつ養っていきませんか。
気軽に心のもやもやを話すことで、少し心がすっきりして
「これからの人生を楽しもう!」という気持ちに近づけると思いますよ。